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勉強が出来るって金持ちの証?

〜義務教育もなんにもなかった時代〜

 

 現代では義務教育は小・中学校の計9年とされており、私達は当たり前のように受け入れています。むしろ学校に行かないことのほうが考えられません。しかし、昔、特に古代から中世にかけてはこのような常識はほぼ通用しません。さて、どういうことでしょうか?これからは身近な古代〜中世の中国・日本を例にとって説明していきたいと思います。

 

T)日本の大学寮

ア)創立:8世紀初頭の律令体制で制度的に完成しました。

イ)入学資格:高級貴族や文筆関係に従事する家柄の人間を主な対象としており、下級貴族は志願すれば、地方の国学生は試験に合格すれば入学可能。

 

U)日本の国学

ア)創立:大学寮と同時期

イ)入学資格:郡司(一国を司る国司の下で郡を司る)の子弟、(学生に欠員が生じたときは庶民も入学可)

 

V)唐代の国立学校

ア)創立:原型は北斉(550〜557年)の頃からで、618年に成立した唐代に制度的に確立しました。

イ)入学資格:高級官僚の子弟・中流官僚の子弟・下流官僚の子弟、(※庶民の子弟でも特に優秀なものは入学可

 

※ただ、庶民の教育はあまり発達していなかったので、優秀なものがほとんどおらず、庶民の入学は難しいものでした。

 

 このように中国・日本ではほとんどが(上流)貴族の子弟を対象としており、他にも郡司といった地方行政官の子弟を対象としていました。今挙げた階層の人間は、おそらく金に困るということはなかったと思われ、言い換えると、財力のある階層の人間が教育を受けることができ、財力のない階層の者は教育の対象にはならなかったということになるでしょう。

 

 また、世界でも、やはり全ての者が教育を受けることができたわけではなく、キリスト教徒、ムスリム(イスラム教徒)、自民族、奴隷以外、などと地域によって様々な条件がありました。

 しかし、時代が下るごとに社会の質が上がり、教育も徐々に人種を問わず広まっていくようになります。

 

 教育誰もが当たり前のように受けられるものではなく、財力のある、といった一部の人間しか受けることの出来なかったもので、現代の義務教育の常識など通じません。 最後に、今日、当たり前のように学校に通っている我々も少しはそのことに留意して、教育を広く普及させた文明の発展に感謝してみるのも如何でしょう?

or我々が教育を受けているこの現状を感謝してみるのも如何でしょう?)